新しい「政治の基軸」で政界再編成


 疑獄事件が続発して、長期政権の根知れぬ病理と複合集権体制の致命的欠陥をさらけ出し、票の格差が拡大し、違憲状態と非難されている中で、政治改革、選挙制度改革がかつてなく激しく叫ばれているが、国民の期待に背を向ける形で全く進んでいない。時代の変化に応えるべさ行政改革も遅々として進まない。

 だから先の参院選の投票率50%に示されているように、無力感に襲われ、無関心に陥った国民の政治不信は危険ラインに達した様相だ。制度疲労は臨調の行革で取り組むことができるが、体制疲労は政治(立法府)以外には対応できない。だがしかし、その政治(立法府)が過度の集権体制の中で機能マヒを起こし、閉塞状況に陥っているというのだから事は極めて深刻だ。

 もはや、この危機的状況から脱するには、新党の進肘と政界再編成以外に道はない、との認識で識者はほぼ一致している。現に政界でも経済界でも労働界でも所見の結成や新しい政治勢力の結集や政界再編が模索され、マスコミを賑わし、国民の期待や関心を集めている。

 だが水面下の動きはいぎ知らず、論議の焦点は一向に定まらず、実現に向けての具体的な提言や行動は一切見られない。そんな中で、日本新党を結成した細川党首の男気ある行動は圧倒する迫力がある。

 そこで、論議が空転し、具体化しない原因を指摘し、政界再編と真の政治改革への切り札を提示して諸賢のご高説を仰ぎたい。

  1. まず、冷戦が終結するとともに、地球有限の時代にさしかかり地球社会は重大な転換期を迎えて、経済大国の日本は極めてきびしい対応を迫られてはいるけれども、この日本の生さ残りがかかった重大事を未だ日本の政治、行政、経済はもとより生活や仕事の中でも実感として緊迫したことと受けとめられていない。
  2. 冷戦の二極構造の中で形成され、その中でのみ意味があり、機能してきた、五十五年体制の《保守》対《革新》の政治の基軸がポスト冷戦の今、完全に存在意義を失って、百害あって一利もないことに十分理解がされていない。同時に、従来の保革両陣営とも冷戦期のイデオロギーの固定観念から未だ脱せず、あらゆる分野で意識改革がほとんど進んでいない。
  3. 時代認識が甘く、先に指摘した日本の複合集権体制の深刻な矛盾や弊害に十分気づいていない。否、現体制に安住し、中長期の日本のグランドデザインが決定的に欠けてている。

 自公民路線も社公民路線も社民勢力の結集も連合新党も、みんな冷戦時代の《保守》対《革新》の対立の構図からの発想としか考えられない。基本政策をめぐる社会党内の深刻な対立も労組・連合の基本政策をめぐる苦悩も連合参議院の混迷も社民勢力の不統一もすべて冷戦による二極構造から生まれたもので、もはや意味のない否危険な虚構を引きずっているように思いえてならない。

 半世紀もの長きに亘って日本の政治と国民意識を律してさた基軸=価値体系であってみれば止むを得ないが、ポスト冷戦の今、冷静に考えてみれば、危険なことだ、とつくづく思う。意識や価値観の転換をきびしく求められる大転換期の混乱と深い苫悩そのものとも言えるが、日本人の気概が歴史的に問われていると見る方が適当かも知れない。止接の苦痛か。

 すなわち、今の日本の政治は、旧来の政治の基盤と基軸が完全にその存在意義を失って機能しない、政治の大空白期にあるという感じがしてならない。新しい時代の状況に対応すべき発想カや構造力を欠いた、漂流する政治の無気力と怠慢を示しているようにも思われるのだが。

 巨艦日本の漂流は余りにも危ない。政界も学界も言論界も新しい時代に対応し、激動の転換期に耐えられる政治の新しい基盤を創設することもできず、また、政治の新しい基軸を発見し創築することもできずに霧の中で方向や手掛かりを見失っているように思われる。だから、「ガラガラボン」という無責任な政界再編ばなしに堕してしまうのではないか。

 また、なんの理念もグランドデザインも示し得ず、「この指とまれ」の新党論・再編論に留まってしまうのではないか。車軸がなければ車は動けない。座標軸が定まらなければ函数のグラフは描けない。と同様に明確な哲学と理念に裏打ちされた、政治の新しい基軸が存存しなければ、いくら叫んでも国民の意識改革が進むわけはない。政界再編への展望すら拓けず、論議は空転するしかない。

 ましてや、政界再編成を決断し、具体的な行動に移せるはずもない。折角の新党も時が経つにつれて、魅力も説得力も低下してしまわないか、と懸念される。

 また、必要性が叫ばれながら新党の進出や再編が足踏み状態にあるもう一つの要因は、戦後日本の早すぎた成長と成功のためか。はっきりしたグランドデザインの必要性にも迫られないままに飽食の時代と言われ、豊かさが実感でさないとは言え、消費材の不足はない。 その上、いま日本の経済は景気が後退してはいるものの、世界では最も安定している優等生の経済人国である。安全保障の面でも火急の対応を迫られているわけでもないし、政治改革でも別に風雲急を告げる外圧もない。さらに、政界再編によって政治改革を断行すベき責任のある日本の政治そのものが集権体制の旨味の中で、いま閉塞状態にある。改革の難しさがここにある。極めて深刻な事態だ。

 ともあれ、今や 「共産主義は死んだ」と宣告され、社会主義は社会主義者により現実に否定されている。社会主義・共産主義の計画経済・指令経済体制は完全に行き詰まってその幕を閉じた。イデオロギーの抗争の歴史は終焉した。《自由主義・市場経済体制》対《社会主義・指令経済体制》の対立構造はもはや国際的にも国内的にも政治の基盤、基軸であり続けることはない。くどいようだが日本の《保守》対《革新》の構造も政治の基軸としての意味を失って、五十五年体制も実質的に崩壊している。もう未練もあるまい。

 加えて、専門家の指摘によれば、西欧の先進民主主義諸国では、社会が成熟期に入り、政策上の鋭角的な対立は既に影を潜めて、社会民主主義政党は政策的に行さ詰まり傾向を見せ、とくに、東側陣営の崩壊により、そのレゾンデートルが問われかねない状況にある、という。もう、社会民主主義も政治の基軸を形成し、支える力を失いかけている、と言えよう。同様に成熟期に入った日本でも祉民勢力の深い苦悩はここにある、と推察する。