最も責められるべきは政治


 その上に、明治以来の内閣・行政府絶対優位の歴史と伝統を誇る官僚機構が、その強大な集権体制を完璧なまでに支えているのだ。日本の官僚体制は、単に現役の官僚のカだけに頼っているのではない。

 与党議員の約三割を占める官僚OBの国会議員、各種の特殊法人の官僚OBの幹部、官僚OBの自治体の首長、中央省庁から出向している副知事はじめの自治体幹部職員、民間企業・各種団体への天下り官僚OB、などなどの日本の官僚体制は許認可権限(一万を超える各種規制)や政策や予算(三十兆円にも迫る自治体への国庫支出金)とともに人的側面からも立法府を制し、全国を網の目状に官民の要衝を確実に抑えて、それ自体が巨人な権力機構を形成している。

 この弊害や問題点はすでに各方面からきびしく指摘され、多言の必要はない。今官僚には節度が求められ官僚の内側からもその弊害や限界が指摘されていることは周知のことだ。

 だが近ごろ、バブル経済の崩壊も手伝ってか、やや感情に流れた「官僚亡国論」のような議論が目につくが、本来、行政府・官僚は法の番人として、行政を執行し、秩序を維持し、現体制を支え、国の発展に重い責任を背負っている。

 現体制を強化することが本来の使命のはずだ。官僚体制の行き過ぎや弊害を排除し是正するのは政治・立法府の責任ではないか。政治の怠慢と無気力に目をつぶり、官僚イジメをするのはいかがなものか。それでは、日本を今日の繁栄と安定に導いた、有能で誇り高い官僚の立つ瀬がなかろう。最も責められるべきは政治であり、立法府である。

 「安易な冷戦構造の中で平和にポケて、官僚まかせで政治ゴッコ、派閥ゴッコに明け暮れ、路線抗争・利権あさり・金権政治にうつつを抜かしてきた政治の責任は一体どうなのか、諸悪の根源はやっぱり政治ではないか」との反論の声もあがろう。その政治を許してさた国民のレベルと責任を問う声もあるにはあるが、勤勉が自慢の国民にとっては、それは酷な話だ、と思う。さらにその上、国権の最高機関を構成する衆議院議員の選挙制度が原則として定員三名から五名の中選挙区制度だ。したがって議員にとっても有権者にとっても、小選挙区制による一騎打ちの緊張感はなく、政策論争も議員の新陳代謝も極めて低調な状況を作り出している。世襲議員の大幅進出を憂慮する声も聞かれる。これとて集権体制の大さな強化要凶だ。

 そこへもってきて、各種の業界や団体と極めて関係の深い族議員集団が形成され、実利と権威を求める規制願望志向と明治以来の「官尊民卑」の日本人の潜在的意識も集権体制の強化に一役買って、大きく作用してきたことも否定できない。