●都市アナリスト宣言!●
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(3)今、歴史の結節点で思うこと
〜〜 集権体制の悲劇と崩壊一九四五年、私は国民学校の二年生でした。あの敗戦から今年で六〇年の才月が流れ去りました。その間に時代は大きく移り変わり、あの歴史的な敗戦の年と同じ歴史の結節点とも言うべき期を画する凄い年を経てきました。それはつい最近の一九八九年、平成元年であります。二〇世紀末から二一世紀の初頭、内外で今なお激動を続ける世界革命はこの年に火ぶたが切って落とされました。日本では民族と国家の存亡をかけ、波乱に満ちた昭和の時代に別れを告げて、外平らかにして内成るとの願いを込めて、平成という時代が幕を開けました。
先ず、年初からリクルート事件で政官財は大きく揺れました。消費税という本格的な間接税制のスタートの年でありました。それと引き代える形で竹下内閣が退陣し、宇野内閣が誕生するや三ヶ月で海部内閣へと一年間に三つの政権が変わりました。その夏の参議院選挙では自民党は初めて過半数を割り、政界再編の引き金を引いた年でもありました。戦後の日本の政治を律してきた五五年体制の終焉の足音が聞こえてきたように思われました。そしてその秋、労働界が統一されて連合(全日本労働組合総連合会)が発足しました。
経済に目を転ずれば、地価は天井知らずの高騰で狂乱状態に加え、年末の東京証券取引所の大納会では日経平均四万円に迫る史上最高値を記録しました。バブル経済の絶頂期の年でもありました。
一方、世界に目を向ければ、東欧の民主化の嵐が収束するのを見届けるかのように、十一月にはベルリンの壁が崩れ落とされました。年末にはアメリカのブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ大統領がマルタ島で会談し、戦後の国際秩序を律してきた東西冷戦構造が名実ともに終焉したのであります。その後、東側陣営の宗主国のソ連邦も安楽死を遂げるかのように崩壊し、解体されてしまいました。奇しくも一九八九年、平成元年は第二次世界大戦後の世界と日本を律してきました政治の構造が共に終わりを告げた歴史的な年となりました。
申し上げるまでもなく、二〇世紀の前半は熱戦に明け暮れし、後半は分断国家が戦火を交えたものの東西の冷戦で貫かれ、最終兵器の核兵器開発競争に血道をあげて、文字通り戦争の世紀でありました。その最大の教訓は、中央集権体制の恐怖とその不幸であります。ナチズム(ナチの報ずる国粋主義)、ファシズム(全体主義・国粋主義)、ミリタリズム(軍国主義)、コミュニズム(共産主義)、ソーシャリズム(社会主義)など、いずれの独裁体制も指導者を神格化したり、個人崇拝により絶対的な中央集権体制を築き上げ、粛清と虐殺で恐怖政治を行い、国民に地獄の苦しみと極限の不幸だけを押しつけ、破局にいたって崩壊したことは、二〇世紀の歴史が見事に証明しております。フセイン政権は砕かれ、金正日政権の圧政と国民の不幸は連日の報道の通りです。集権と独裁の狂気の沙汰としか思えません。正に凄惨そのものです。結局、二〇世紀は巨大な中央集権体制の崩壊の歴史でした。ただ、今や死語と化したと思われるプロレタリア独裁、共産党中央の無謬性、ブレジネフドクトリンなどの言葉を問い直してみたいものです。
我が国では、こうした世界的な大変動に符節を合わせるかのように、グローバル化、ハイテク化、少子高齢化、多様化などの諸変化が想像をはるかに超えるスピードで同時進行し、それらが相互に刺激し影響し合う形で、かつて経験したことのない複合変化として怒涛のように押し寄せています。現在の日本の強大な複合中央集権体制は限界に達しています。今進められている構造改革は空回りして、前進せず極めて深刻な事態です。統治構造としての集権体制は国民の知恵やエネルギー、活力と創意工夫を本質的に封殺する仕組みです。
最も深刻なのは、長年に亘る中央集権体制の下で奇蹟の成功をおさめた裏側で、自立性・主体性を失って、メルトダウンした日本人の精神構造であると力を込めて指摘したいのです。
国の安全保障は米国に依存し、先進工業国で経済大国でありながら資源小国で、市場も資源・エネルギーも全面的に海外に依存しています。食料とて、六〇%も輸入に依存しています。地方自治体は三割自治と椰楡されながらも、明治以来陳情政治・補助金行政に明け暮れ、国(中央政府)に従属を強いられ、徹底して依存しています。地域や地方とその住民はバラマキ行政に馴れて行政に依存しています。二ートやフリーターが話題になっていますが、親離れ、子離れが出来ず物心両面で相互依存の関係が深まって教育の危機が叫ばれています。我が国は自己責任が希薄な依存国家、依存国民に成り下がってしまった様相です。依存症シンドロームで日本が覆われています。
今、自立性・主体性を高めるための国民の意識改革が最も緊急にして重要な課題と考えます。メルトダウンしてしまった日本人の精神構造の再生・再構築なくして日本の活性化はないと考えます。そのためには、何よりも分権型の社会システムの再構築が切実に求められている時代であると考えています。
日ごろ考えてきた内外の時代背景とその主な問題点を簡単に指摘しました。今こそ、都市に於ける生活やビジネスの現場に根ざした改革が待ったなしに求められております。新しい切り口での都市アナリストの活躍が求められております。都市アナリストはまさに時代の必然の要請であります。
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