●都市アナリスト宣言!●

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(2)今、なぜ都市アナリストなのか
〜〜 先ず指定都市制度の改革を

 平成の時代になり、バブル経済が崩壊して地方分権の機運が高まり、平成七年の地方分権推進法に続いて同十二年に地方分権一括法が制定され、最近では三位一体の改革が関心を集め、そして市町村の平成の大合併が山場に差しかかった今日、日本の国のかたち、即ち統治の構造が、国と地方を通じて、かつてなく問われております。とりわけ、二千万人以上もの国民が居住し、経済活動が活発な指定都市の制度は今のところ表面的には問題は顕在化していないように見えますが、国家的・国民的に測り知れない損失の要因を抱えて待ったなしの改革が迫られていると私は真剣に考えております。特に少子高齢化で病める日本と萎える都市の問題解決の突破口にしなければならないとの強い焦りを禁じ得ないでいるのです。もう半世紀も昔の昭和三十一年のことです。折角法制化された特別市制度の実施をめぐって、府県と五大市(大阪、京都、横浜、名古屋、神戸)との間で十年にも及ぶ激しい泥沼の抗争の末、妥協の産物をして現行の政令指定都市制度が差し当たっての制度としてスタートしました。
 その後、高度経済成長と人口急増に伴って、就業構造が変わり、わが国では激しい都市化が急速に進展しました。最初は五大市が指定都市になり、昭和四十七年には私の住む川崎市を含めて、九つの指定都市を数えるに至りました。
 今から数えて二十一年も昔の昭和五十九年の春、私は川崎市選出の神奈川県議会議員として指定都市制度の弊害や矛盾が増幅し、市民不在の欠陥ばかりの差し当たっての制度に我慢できず、県議会本会議で指定都市制度の実態を指摘して抜本的な改革案を提示しました。新聞各紙は大きく報じてくれましたが、「地方の時代」を提唱し、大都市に対する問題認識と改革の方向性は私の主張と全く同じでありながら、当時の長洲一二神奈川県知事は腰が引けて改革への努力をすっかり怠ってしまったのです。まことに残念でした。
 堪りかねて、私は翌年の昭和六十年、中央公論誌九月号に都市アナリストの導火線となった前掲の「指定都市を道府県から独立させよ」の論文を発表して指定都市制度の実態と問題点を明らかにした上で、具体的な改革案を詳細に提示し、「指定都市よ蜂起せよ!」「行政区の自治権獲得に立ち上がろう!」と絶叫し、訴えたのです。私の提案は燎原の火ごとく全国に広がるだろうと期待され、各方面から関心や激励を寄せていただいたものの、改革への風は吹くことはありませんでした。以来、長い政治活動の中で、どの様な制度でも既得権益と化して改革の難しさを痛感してきました。
 それでも、私は改革への信念を捨てきれず、執念を秘めて昭和六十二年春と平成元年秋の二回の川崎市長選に挑みましたが連敗を喫しました。改革への燃えるような私の情熱も残念ながら敗北感と挫折感とともに月日の流れるままに衰えてしまいました。
 その後も、指定都市は日本列島の各地で中枢都市として肥大化し続け、経済社会の激変と都市化の波に翻弄されるかのように弊害は拡大を続けて本質的な改革は行われないまま、改革の声さえ上がらず推移して、今日では静岡市で十四の指定都市に増えました。昭和三十八年、福岡県で門司、小倉、戸畑、若松、八幡の五市が合併して北九州市が誕生したことに関して、私の先輩で今は亡き山家節夫北九州市議は「指定都市になったとは言え、五市が失った自治権、自治体の魂は余りにも大きな損失です」と深く嘆かれていました。地方自治の核心を突いた彼の言葉を、今本稿を執筆しながら感慨深く思い出しております。
地方自治の専門の学者の間では、指定都市にとってこの制度は実質的なメリットはごく少なく単なるステータスシンボルと化してしまったとの評価が定着していると複数の学者が指摘しています。妥協策としてスタートした制度は、今やその妥協の根拠さえ消滅してしまいました。地方自治、地方分権にとって致命的欠陥を抱える指定都市制度が真剣な検証や議論のないまま今後も増え続けるとしたら、耐え難い思いです。全国にはこれから指定都市を目指している市があるようです。私の地元神奈川県でも相模原市や湘南市(仮称)などが指定都市を志向していると仄聞していますが、早晩神奈川では避けて通れない重大な課題として県政そして横浜、川崎の両指定都市を直撃することでしょう。県民にとっても両市民にとっても座視できない課題です。この指定都市制度がひとりその市民にとどまらず国民的損失をもたらしていると憂慮している私としては、今ここでしっかり問題提起をして、自治体関係者のみならず広く県民・市民の関心を呼び起こさなければならないとの危機感を強く抱いているのです。
本来なら、小規模自治体の合併を進めると同時に、巨大な基礎自治体でもある指定都市の分割やら再編も並行して進められるべきですが、基礎自治体の適正規模については何ら検討されることもなく平成七年には人口三十万以上で市の面積が百平方キロ以上の都市を対象に中核市制度が施行され、現在までに三十五市が指定されました。続いて平成十二年には人口二十万以上の都市を対象に特例市制度が発足し、四十市が指定されています。わが国の都市制度は外見上、都制度、指定都市制度、中核市制度、特例市制度、一般市制度と形式的には一応整ったように思われますが、これらの都市制度は単にその規模によって都市行政を能率的に執行させることを目的としたもので、「自立と分権」「自治と連帯と参加」の地方自治の理念や発想によるものではないと思えてなりません。また、国や都市の真の活性化のために最も重要な基礎自治体の適正規模については全く配慮されなかったのです。なぜか私には全く理解できないのです。グローバル化やハイテク化、少子高齢化に加え多様化が急速に進む複合変化に襲われ、かつてない困難に直面している大国日本の都市制度としては余りにも緊張感を欠いた恐るべき事態だと思います。端的に申し上げて恐縮ですが、自治体の側からも行政の側からも学界の側からも、本質に迫って都市制度を改革しようとの動きは全く見られないばかりか、近年の地方制度調査会の答申や議論にも都市をめぐる認識については共感できるものの、危機感はなく、対応の遅さや鈍感さばかりが気になって仕方がありません。
私は今、再び改めて「指定都市よ、蜂起せよ!」「行政区の自治権獲得に立ち上がろう!」と都市アナリストとして絶叫したい心境なのです。
なぜ、私がこれ程までに指定都市制度にこだわり続けるかと言えば、次の二つの大きな理由によります。後ほど詳述しますが、私は過疎地の農村に生まれ、縁あって巨大自治体の神奈川で企業を興し、指定都市川崎市で地域活動に携わり、その上新しいふるさとづくりを目指して神奈川県を地盤として三十年間もわがライフワークの地方分権との信念で市民派・庶民派の政治家を任じて、六十七年の人生を送ってきたからです。人生を通じて指定都市の問題点を現場で知っているからです。既に政界を引退した身ですから現役時代のテーマを引きずって生きる必要性もないのですが、二十年前の自らの論文に触発されて都市アナリストを宣言してまで指定都市にこだわり続けざるを得ないのです。発足以来半世紀が経って指定都市をめぐる状況は一変して、弊害や矛盾が増幅している指定都市制度は全く改革されていない現状に、耐えられない気持ちなのです。
次に市民感覚からして指定都市という日本の大都市は全国民にとってかけがえのない共有の財産、国民の幸せのための宝の島と考えているからなのです。指定都市の盛衰はそのまま日本の盛衰に直接的に連動しているからです。
指定都市は日本列島のそれぞれの地方・地域にあって、城下町、宿場町、産業・企業城下町、港湾都市など形成と発展の歴史に差異はあっても日本の長い歴史の所産として中枢都市の位置を占め、政治、行政、経済、教育、文化、娯楽などハード、ソフトの全ての分野にわたって膨大な集積と蓄積を誇って巨大な都市を形成しています。そこには明治以来の近代化の中で有能で多彩な人材の集中が見られ、交通、通信、情報などの拠点としてもインフラは整備され、魅力ある都市としての風格と条件がしっかり備わっています。
指定都市は日本民族の叡智のかけがえのない宝庫なのです。極東の島国は今輝き、異彩を放っておりますが、日本の歴史、先人の知恵に驚きます。指定都市は潜在力、創造力、吸引力、求心力が強力であり、かつ先進性、開放性、匿名性に富み、華やかで大きな可能性ある経済大国日本をリードする都市です。指定都市は国民の共通の財産であると同時に指定都市の活性化と発展なくして日本の再生はないと確信し、こだわり続けているのです。政界・官界はもとより、経済界や労働界にとっても大都市制度は放置できないばかりか、その活動の主たる基盤の制度であり、最大の課題ではないでしょか。
前掲の論文との重複を避けて私の提案の論点を述べてみます。
指定都市は広域自治体として、都道府県の役割と高度で大規模でその上専門性を要する大都市行政の分野と基礎自治体である市町村の役割も併せ担っていて、過大過重な責任や役割を負って重複行政は避けられず、市民にとっては極めて分かり難い不合理な大都市制度なのです。
それにもかかわらず、指定都市では責任や役割を分散させて市政のバランスを取るための都市内分権や地域分権が行われていないために、市長と市庁舎に権限と財源と人材が過度に集中して強大な中央集権の都市構造となって、自治機能が不全に陥っているのが実態です。複雑多様化する今日の都市社会にあって、最も求められている市民に近い政府が不在なのです。身近な民主主義が存在していないのです。
言い換えますと、指定都市の市長は道府県の知事の権限と大都市の市長の権限と一般市の市長の権限の三つの段階の市長の権限と責任と役割を併せ担っているのです。スーパーマンか神がかりの知恵と力が要求されているのです。それは無理な話で地方自治の機能が不全に陥るのは当然の理です。指定都市制度は今声高に強調されている基礎自治体優先の原則や補完性の原理は説明付かないのではないでしょうか。法の下の平等の原則も問われかねません。この視点からしても、指定都市自体から改革の問題提起があってしかるべきです。
国でも自治体でも民間企業でも権力の集中即ち巨大な集権体制は取り返しの付かない弊害を生ずることは、最近の事例・事件でも明らかです。そのことは何よりも人類の歴史が見事に教えるところでもあり、多言の必要はありません。統制力をもって統一とか画一を要求する集権体制は知恵やエネルギーを封じてしまうのです。
したがって、指定都市活性化と自治機能強化と民主主義の回復の方策は、いかなる角度から検証・分析・検討を加えても結論は唯一です。それは指定都市を新特別市として広域・大都市行政を担当させ、行政区に自治権、政治の正統性を付与して自治体として独立させ、主体的に基礎自治体の政治と行政を行わせることです。それこそ分権の思想と理念に忠実に従うことなのです。行政区は人口にしても面積にしても自治体として独立する諸条件を十分に具えているのです。
これは、二十年も昔、私が神奈川県議会で提唱し、月刊誌中央公論で提唱した具体策と全く同一であり、極めて単純明快なのです。今日でも実に新鮮な説得力を持っていると思われてなりません。ぜひともご精読いただきたいと切にお願い申し上げます。
市町村合併の議論に合わせて指定都市内にも地域自治組織の創設の議論も聞かれますが、単なる行政事務の処理だけならいざ知らず、私は日本の命運を左右する大都市の活性化を最重点に市民と地域の知恵とエネルギーを如何に引き出すかを提案しているのです。各指定都市はそれぞれ行政区の機能強化や活性化に努力しています。私の地元川崎市でも自治基本条例を制定し、民間人を区長に登用しています。地方自治や都市制度の専門家も様々な研究を発表しておりますが、目先の安易な考え方は排除して民主主義、地方自治を如何に機能させるか、地方自治の王道を歩むべきです。今求められている真の地方分権により活力ある分権型社会を追求すべきです。
 再度強調します。巨大な集権体制の指定都市を明確に画然と分権して、広域行政と大都市行政は新特別市に担当させます。基礎自治体の行政分野は行政区を市長の付属機関から解放して自治体区として独立して、主体的に行わせます。市長が如何に工夫し、改革に努力しようとも、付属機関の行政区は主体的に競い合うことができない制度なのです。行政区は無気力な護送船団そのもののようなのです。活性化のモチベーション不在で区民と地域の知恵もエネルギーが封殺されているのです。区としての情報の発信力がないのです。誠に惜しい。現行の複雑な指定都市行政が極めて分かり易く身近になります。「自立と分権」「自治と連帯の参加」の理念が実現するのです。区民の帰属意識や連帯意識が覚醒され、刺激されて有効な議論が交わされ、知恵やエネルギーが生まれ出て、愛区、愛市の精神が育つのです。長年の指定都市の市民感覚からして断言できるのです。新特別市は大都市として自主性を高めて、主体的に大都市間の競争に集中できます。より高度の自治を目指すのです。
当然のこととして自治体区には公選の区長をはじめとして区議会や教育委員会、人事委員会、監査委員会などが設けられ、これまた主体的に指定都市内で独自の政策競争や地域間競争ができるのです。制約を受けているとは言え、東京都の特別区を見ていただければ一目瞭然で極めて分かりやすいです。そればかりではなく、大都市社会と言う共通の基盤に立って同じ条件の下で全国に十四の指定都市に設けられる百四十一の自治体区の間で、知恵比べ、アイディア比べやふるさと自慢ができるシステムが構築されるのです。さらには首都東京の特別区とも大都市における近隣地域社会という共通の土俵で知恵比べ、アイディア比べ、活力比べが可能となり、日本全国で壮大な知恵比べ、活力比べ、個性比べが繰り広げられるのです。大都市制度の中に競い合いのメカニズムを埋め込むのです。政治の正統性を伴った自立した自治体区の威力です。指定都市内の各地域との間でも、行革や福祉や教育や街づくりなどのすべての分野で知恵比べ、アイディア競争ができるのです。大都市と市民の中に閉じ込められている測り知れない知恵とエネルギーが解放される条件とシステムが生まれるのですから、なんとも素晴らしいことではありませんか。そのことで大都市の統一性・一体性が阻害される懸念はまったくありません。監査機能も飛躍的に強化されます。競争の本質はそういうものです。適正なルールは当然工夫されるべきです。この提案に異論や反論がありましたら、都市活性化のため、日本再生のため、ぜひご意見をお寄せくださいますようお願い申し上げます。
 そう主張する私は、青年時代にビジネスを興し、青果をはじめ生鮮食品の販売の仕事を通じて日夜マーケットのメカニズムに晒されていたために、競い合いのメカニズムが無意識のうちに私の思考や発想の中で機能していたように思い出されます。三十年間の政治生活で八回も激しく競い合う選挙の洗礼を受けました。人間社会に根差したコンペティション、コンクール、コンテスト、レース、ゲームなどの競い合いの例を引くまでも無く、人間の限りない意欲、欲求、欲望が歴史の推進力、社会の原動力であると、学生の頃からの歴史観でありました。今やグローバリゼーションの中で、地球規模で大競争時代に突入しています。国内のみならず日本の大都市も外国との都市間競争に否応なしに直面しているのです。行政それ自体は公権力の独占的・排他的領域ですが、政治の正統性を伴った行政主体、地方政府がそれぞれのアイディアやエネルギーなどの優秀性、優位性を競い合うことは、それ自体が活力を生む源泉であると考えます。
 過度集中・巨大集権体制は競い合いを封じて、よどみや停滞やモラルハザードが生じ、腐敗の温床になります。過酷極まりない競争により経済、産業、技術はもとより文化、芸術、教育、スポーツの分野に至るまで、人類の営みは常に優秀性、優位性の競い合いが存在して発展してきたのであります。競争こそ進歩と活性化のモチベーションです。
 最後に重ねて強調しますが。私の新特別市は大都市制度の中に意図的に競い合い、競争のメカニズムを埋め込み、そのメカニズムが合理的に、また有効に機能するようにシステムを考案・整備して、大都市とその市民たちの知恵と活力を有効に活用することを明確な目標にしているのです。
 その上、全自治体間の知恵比べ、アイディア比べ、ふるさと自慢などをウォッチし、その成果を評価するNPO法人などの評価組織・機構も必然的に具わって、大都市の活性にさらに拍車がかかると期待するものです。最近、選挙に際してはマニフェストが関心を寄せられていますが、競い合いの成果とマニフェストとの相乗効果により、都市の活性化のみならず、新特別市制は日本の地方自治発展のインセンティブとなると考えます。
 国と地方の統治構造、都道府県制、市町村制などの明確な改革も視野に入れて、地方六団体も戦う地方団体からさらに意識的に競い合う六団体に脱皮してもらいたいと願うものです。勿論、政令指定都市連絡協議会も地方制度調査会も危機感を持って、新しい発想により、日本再生と都市活性化のための具体策を積極的に打ち出してほしいものと心から要望します。

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